今年のNHK大河ドラマは黒田官兵衛さんが主役です。黒田家のルーツが長浜市木之本にあるという事なので観光をしてきました。
司馬遼太郎さんの小説にも黒田家発祥の地が書かれている
司馬遼太郎さんの著書“播磨灘物語”の冒頭には、長浜市木之本へ取材に来られたときの事が書かれています。
全国各地どこへ行っても歴史のない場所はありませんが、観光で城や寺へ行ってもイマイチ頭に入らないものです。観光地へ行く前に試してみたいことがあります。その土地の事が書かれている小説を1冊読んでから観光へ行くと、スッと頭の中に入りイメージがしやすいのではないでしょうか。
歴史がいっぱい!木ノ本駅から黒田家発祥の地まで歩いてみよう!
という事で、小説を読んでから木之本観光へ出かけました。
1. まずは木ノ本駅から木之本地蔵院を目指そう!
長浜駅からJR北陸線で木ノ本駅に向います。(乗車時間:18分)木ノ本駅で下車した後は、ゆったりとしたのぼり坂を歩きます。
木之本の落ち着いた町並みが旅人の心を癒してくれます。※ちなみに小説の中の司馬遼太郎さんは、木ノ本駅から一気に黒田家発祥の地まで、タクシーで行かれています。
2. 木之本には、日本三大地蔵の1つ木之本地蔵院がある
木之本地蔵院の前まで来ました。ここ木之本地蔵は日本三大地蔵の1つです。大きさは日本一と言われています。
その他にも有名な話ですと、賤ヶ岳の戦いの際には秀吉公の本陣がおかれていた場所でもあります。※賤ヶ岳の戦いとは、1583年に柴田勝家 vs 羽柴秀吉の間で行われた戦いです。本能寺の変(1582年)→ 清須会議(1582年)→ 賤ヶ岳の戦い(1583年)
3. 木之本地蔵院前の北国街道(ほっこくかいどう)を歩く
木之本地蔵院の前を通る道は、北国街道と呼ばれる道です。昔の人はこの道を歩いて北陸方面へ旅をされていました。
木之本地蔵院の前を左折し、ここからしばらく北国街道を歩いていきます。
4. 北国街道沿いにある山路酒造さん
こちらの山路酒造さんは1532年創業の日本でも5番目に古い酒蔵さんです。1532年創業という事は、賤ヶ岳の戦いより前ですね。まさに日本の歴史です。
山路酒造さんの前に、古い形のポストがありました。これを見つければ正解です。どんどん先を進みましょう。
5. 山内一豊公の妻千代さんが名馬を買った場所
次に北国街道沿いで、“牛馬市の里”と書かれた看板を見つけました。
2006年のNHK大河ドラマ「功名が辻」でおなじみの山内一豊公の妻千代さんが名馬を買われた場所です。たった今、気がつきました。「功名が辻」も原作が司馬遼太郎さんですね。
一人で来たので千代さんから顔を出して写真が撮れません。
山内一豊公がお金が無かった時に、千代さんがここの馬宿 平四郎で名馬を購入され、その馬が織田信長公の目にとまり「貧しくとも武士のたしなみを忘れない心構えはすばらしい」と褒められたと書かれています。
6. 当時の旅人は一里塚を目印にしていた
北国街道の道しるべに使われていた松の木です。旅の道中「あの松の木まで行ったら一休みしよう」と決めていたのでしょうね。隣のお家はお茶屋さんでした。
ここまで数百メートルしか歩いていませんが、歴史が盛りだくさんで見応えがあります。
おっ!黒田家御廟所(くろだけごびょうしょ)の看板が見えてきました。
まだ先か〜。それらしき場所が見えません!少々心細くなる。
しばらく歩くと“黒田”の地名が目に入ってきました。
7. 黒田家発祥の地に到着
到着しました。2014年NHK大河ドラマ「軍師 官兵衛」の、のぼりが立てられています。
中へ入ってみると集会所と広場になっていて、その奥に池があります。
黒田家に伝わる歴史書「黒田家譜」には、黒田家の始まりは「源 宗清」と記録されています。名字も館のあった近江伊香郡黒田村(ここ木之本の黒田のこと)から称したと書かれているようです。しかし、その証拠となる物が無かったため、昭和2年に「旧縁之地」と書かれた石碑が建てられました。(左の大きな石碑のこと)
ところが、↑昭和48年の集会所改築工事の際に「源 宗清」と刻まれた石碑が敷地内で発見されました。この石碑の出土により黒田家の始まりはここだと確定されました。
まとめ
今年の木之本は“黒田官兵衛博覧会”も行われおり、かなり黒田官兵衛さんで盛り上がっています!木之本には歴史を感じる場所がたくさんあります。道中わかりやすく解説が書かれているので、ぶらり途中下車で観光をお楽しみください。
帰りに木ノ本駅で発見したのですが、“奥びわ湖おもてなしバス”に乗れば1日乗り放題(大人300円)で木之本を満喫できます。
こんな素晴らしいバスが走っていたんですね。木之本の見どころ全部回れますよ。もっとしっかり調べておけばよかった。。。
↓播磨灘物語(全4巻)おもしろいですよ〜!